ナイロビに到着した。ついにあこがれのケニアである。
エチオピアのアジスアベバから、南のモヤレへと、病み上がりの体で向かった。途中のデリで1泊の2日の行程である。本当にエチオピアは交通が大変。
国境の町モヤレからケニアへは簡単に入国できた。
「Welcome to Kenya」
という看板を見たときは本当に感動した。長い長い7ヵ月だった。ケニアにずーっと来たかったのになんでそんなに前置きが長かったのだろう、とチョット自分でも不思議。
エチオピア側の国境の名前もケニア側の国境の名前も共にモヤレ。でも国境を越えると雰囲気ががらりと変わる。もうエチオピアみたいに「You!You!」と連呼されることもなければ、あのすっぱいインジェラパンもない。そしてケニア側ではムスリム色が非常に濃く、衣装も違うし、食べ物もインドの影響を受けたチャパティやサモサ、そしてミルクティー。コーヒーも見事になくなった。この町で1泊。
この町からナイロビ行きのバスは無い。
噂ではトラックしかないということだった。それも牛の運搬トラックで荷台に乗ると2日間ウンコまみれ、そして最近イシオロを経由する道は強盗団が出て旅人も殺されている、などと嫌な噂ばかり。
国境の警察に聞くと、治安上の理由なのか、今はもう一つの道が使われており、そちらから行けば「非常に安全」ということだったので、少し安心した。
しかも、運良く、ランドクルーザーを見つけられ、それに乗ってまあまあ快適に(後ろには12人乗せられてキツキツだったが)ワジヤという町へ、そしてそこから午前3時のバスに乗って夕方ナイロビに到着!
5日間かかると思っていたのに4日で着いて喜んだ。まあこれも日本的感覚からは信じられないことだよね。
「5日のとこを4日でした!」なんて。長いなあ。
ナイロビ
僕らはこの町に名前を付けた。「悪の巣窟」と
なーんてね。
昔からナイロビの治安については悪い噂ばかり。鉄パイプでいきなり後ろから殴られるとか、ナイフで脅されるとか。英語のガイドブックには気を付けよう、と散々書かれていたが、『地球の歩き方』のガイドはひどい。ガイドブックというよりは、危険情報である。
「バスには決して乗ってはいけない、下町には決していってはいけないし、安宿にも泊まってはいけないし、大衆食堂で食事をしてもいけない。危険危険危険!!」
どこも歩けないのかあ、そんなにひどいのかあ、とさすがにびくびくした。ナイロビにつく前からちょっとドキドキし、バスを降りた所はスラム街みたいな所で、タクシーに乗るまでは恐い恐い。タクシーの窓を開けてたら、運転手に時計を取られるから気を付けろと注意された。
泊まってはいけないという下町の安宿へ。それから下町を歩き大衆食堂で飯も食った。夜はさすがに恐いので宿に戻ったが・・・
確かに、このナイロビ、他の都市と比べて人の目つきが違う(ギラギラしてる)、先入観がすでに入ってしまっている為か、下町を歩いているときはなんかそわそわして落着かないしチョット恐い気もする。夜8時以降に歩いているときは必然と早歩きになってるし、真っ暗な道は恐くて走ってしまう。
でも、何日間かここにいて、いろいろ歩いてバスに乗って出かけたりもした。スーパーを巡り、土産物屋に入り、映画を見に行き、古着をあさった。下町の大衆食堂のおばちゃんとも仲良くなりだした。ナイロビは結構面白い町だとおもう。そしてブラックアフリカでは今の所一番の都会だしね、物があふれていてとにかく感動。
あのガイドブックは大袈裟すぎる、ばーーーかと
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