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01.トランスサハラ
02.セネガンビア
03.伝説のトゥンブクトゥへ
04.ドゴン・トレッキング
05.ビューティフル・ウエストアフリカ
06.Party Every where!?
07.西アフリカのオアシス国家
08.BENIN びっくり3連発!
09.サハラの古の交易地
10.ハア〜な一日
11.極悪度アフリカ1?ナイジェリアへ

 
 
 
 

2. West Africa
mail_01 / 27th,SEP,2002 @ Nouakchott : MAURITANIA
トランスサハラ

 

モロッコのマラケシュから4日かけてサハラ越え。
マラケシュから西サハラのダクラへは2日、西サハラは今もモロッコからの独立を主張している紛争地帯で今も地雷が多数埋まっていて、外務省からも渡航自粛勧告が発令されている。モロッコの警察や軍による取り締まりも厳しく、検問の度に外国人である僕や、アルカイダと勘違いされた現地のヒゲモジャの男などはバスから下ろされて、尋問を受ける。なんとこの検問は7回も行われた。ゲンナリ・・・

ダクラから南は公共の交通機関は皆無に等しい。このサハラ砂漠を越えて南下するルートを行くには、ヨーロッパから西アフリカへ車を売りに行く人を頼るしかない。
僕もキャンプ場で車を探したが、幸運にもフランス人のグループを見つけ、モーリタニアの首都、ヌアクショットまで乗せてもらえることになった。1千ユーロ(12万円)で買ったくそみたいな車がセネガルでは4千ユーロ(48万円)になるんだと。車を売りに行くのにフランス人が多いのは、西アフリカのほとんどが旧フランス植民地でフランス語が通じることと、フランス製のプジョーが当地で人気が高いからだと思われる(プジョー社は西アフリカに工場があり修理部品を手に入れやすいのだとか)
さて、これらフランス人、最近はたちの悪いのも多いと聞いてはいたが、僕と違う車に乗ったイタリア人とカナダ人の2人のバックパッカーは2人個別に60ユーロもとられて嘆いていた。距離は800km〜1000km。途中現地ガイドも雇うのを考えても40ユーロが妥当な線だと思う。
僕の車の運転手も最初は40ユーロと言っていたのに、夜のうちに違うドライバーとの談合が行われ翌朝20ユーロも値上げをしてきた。これは交渉して昨日の40ユーロまで値下げしたが、2日間もっと金をよこせとしつこく言い続ける、まるでモロッコ人みたいな男だった。


1.5Lのミネラルウォーターを20本買い込み、南へ。
300km、モロッコの国境にて舗装路は終わり、文字通り道なき道、砂漠の中を進んだ。
途中、しょんべんをしに車から離れると「オイ!遠くへいくな!」とドライバーに怒られた。そうだった、まだ地雷が埋まっているのだった。道の脇には真っ黒になって粉々になった車の残骸があった。地雷を車で踏んでしまったフランス人が3人死んだという。
モーリタニア側の国境は何もない。砂漠の中にテントが2つ、レンガの小屋が1つポツリとあるだけ。ここからは道を探すのがより厳しくなるということで現地ガイドを雇うことになった。彼はさすがに道を熟知しており、より砂の少ない道(それでも何度もタイヤがスタックし、その度にみんなで砂をかき出したが)を選んで確実に南へと進んでいった。

砂漠でキャンプ。というとロマンチックに聞こえるかもしれないが、実際は砂のシャワーが降り続け星も満足に見えなかった。
翌日、さらにさらに南へ。砂によるのか、ただ単に雲なのか、太陽は幸い常にボンヤリと見える程度だったが、それでもクソ暑かった。日陰に入って休んでも体中から汗が止め処もなく吹き出てくる。
「迷ったら死ねるな・・・」としみじみ感じた。

  

後は大西洋の海岸線を走ってモーリタニアの首都、ヌアクショット、そしてブラックアフリカへ。
(後で聞いた話だが、この海岸すれすれを通る道は干潮の時しか使えないらしく、潮が満ちている時は半日待つこともあるそうだ。)

モーリタニアは少数のムーア人(アラブ系住民)もいるものの、ほとんどは黒人。ブラックアフリカの名の通り、本当にまーーーーっくろ。正直、びびった。
みんな真っ黒でなんか恐い。
そ・し・て!ヌアクショット、首都のくせにおそろしく何もなく、おそろしく暑かった。宿には同じくモロッコからやってきたイタリア人のフランチェスコとカナダ人のデビット(彼はこの後10日ほど一緒に度した)がいたが、3人で街を1時間歩いてはうなだれて帰ってきて、口々に叫んだ。
「何にもねー!!暑すぎるー!!」
ここに住む住民も同じだった。誰もが露天を広るだけ広げて、日陰に入って寝入っていた。
暑くて眠れない夜が続いた、そしてこれはこの後一週間以上続いた。天井のファンからは熱風しかこないし、窓を開ければマラリアの蚊が入ってきた。

僕とデビットは北の砂漠の町、魅惑的な名前のシンゲッティに行こうと考えていた。ここにはすばらしい砂丘が広がっているらしかった。
ある日、北からやってきた旅人がつぶやいた。
「日陰で42度もあった・・・」と。
そして僕らは諦めた。何をもってして、北へ、ここよりさらに暑い砂漠へ戻らねばならないのか。

全くもってこの地の暑さに完全敗北したのであった・・・サハラ、恐るべし。

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