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孤独と不安と葛藤と (ヨーロッパ)
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バルセロナは巨大だった。バルセロナまであと20キロと標識には書かれているのに、商店街は永遠と続き、ぼくはまたしても久々の大都市にどきどきした。なんでこうも都会が好きなんだろう。
町の中心地がどこだかわからないので、ひとまずスペイン広場と書かれた標識に従った。しかし、それは間違いで実際の中心はカタルーニャ広場と呼ばれる場所だった。
 今日はすでにユースホステルは満室だったので、仕方なく広場の地下にある観光案内所で安宿の紹介を受ける。目抜き通りであるランブラス通りをとおり、安宿街であるゴシック地区に行く。ランブラス通りはさすがにバルセロナの中心ということもあり華やかだった。観光客がひしめく中、幾多もの大道芸人が次々に変わったショーを披露していた。

 夜、自転車を百キロ以上もこいで重くなった体を引きずりながら町にでる。ベッドに寝転べばすぐに寝られるほど疲れているけど、時間など気にせずいつものようにひたすら歩いてしまった。街頭に照らされたレンガ造りの細道は、夜の怖ささえ忘れさせくれるほど美しい。
 窓には明かりがともり、通りには人影があり、ここには都市ならではの人の営みを感じさせる空気がある。ぼくは初日にしてバルセロナという街を大好きになってしまった。

 初日に泊まることになった宿は、あまり治安がよくないといわれるゴシック地区の路地裏にあった。バルセロナにありながら、なぜか「ペンション・ニューヨーク」という名前だったが、1000円という安い値段の割には、ベッドのある個室に、感じの良い女主人がいる、なかなかの宿である。スペインには、確かに安くて良い宿が多数存在するようだった。だけど、ぼくはそれでもユースホステルに泊まりたかった。何よりも日本語で誰かと話しがしたかったのだ。
そんなわけで次の日、値段もここより高いうえに相部屋であるユースホステルに移る。そこには白人の旅行者はもとより、日本人旅行者がたくさんいた。
 久々の日本語に感激しつつ、楽しみは夜に取っておこう決め、とりあえずは、市内観光へと繰り出す。

 バルセロナの象徴である、八本のとうもろこしの塔、サグラダ・ファミリアに行く。バルセロナを代表する建築家、アントニ・ガウディが建設に生涯を掛けた、この巨大な教会は、着手から100年以上経つ今も建築中である。そして、この先もう100年かかるという。入場料は600円と高い。しかし、そのお金が建築費にまわされるというので、自分もこの建物の一部を払うのだと思ってしまえば安い気がした。サグラダ・ファミリアは確かに大きな教会だった。とうもろこしのような塔の内側はらせん状の階段になっていて、息を弾ませながら上まで登りきると、バルセロナの街並みが彼方まで見渡せた。
 ガウディは満足してるかな…
 彼は市電に跳ねられて74歳で死ぬまでの生涯の大半をこの教会の建築に費やしたという。彼は、熱心なキリスト教徒であり、そう、これは彼がバルセロナに建てたかった最大規模の教会なのだ。だが、現在キリスト教徒が巡礼に来ているだろうか、入場者の大半は観光客であり、ここはバルセロナ一の観光地である。もちろんガウディはこの状態を予想すらしなかっただろう。生涯を掛けたものの目的性がずれ、おまけに熱心なキリスト教信者であり、神様のために教会をつくっている最中に、市電に跳ねられ非業の死を遂げちゃうとはなんてかわいそうな人なのだ。そんなんじゃきっと死んでも死にきれねーよな。

 ぼくにとってこの町は、バルセロナはガウディの町だった。カサ・ガルベにカサ・ミラ、カサ・バトリョ、グエル館というおとぎの国に出てくる家のような形をした建築物。そして公園ではなく、むしろ美術館に近いグエル公園。ガウディの建築物はこの街の空間にロマンを与えていた。ガウディがいなかったらバルセロナはもっと違う街になっていたはずである。  

        

夕食は市民の台所と言われるジュセップ市場に行き、そこで小さなイカを買い、パスタを作る。今夜も自称プロ顔負けのシェフ。同室の日本人に上げると、なかなか評判が良かった。夜は、彼らとワインを開け、疲れるほど存分に日本語を話した。

 翌朝、バルセロナに住んでいるスペイン人のアンナとシャビーに電話をすることにした。そろそろモロッコから帰ってきている頃だろう。彼らとはモロッコの砂漠に行ったときに宿で知り合い、その翌朝早起きをし、砂漠を歩いて日の出を見に行ったのだ。そのときぼくの旅のこと、これからバルセロナに行くということを話すと、バルセロナに来たらぜひ泊まっていけと言われたのだ。
電話をするとアンナが出た。ぼくの名前を言うとちゃんと覚えてくれていた。
「タクージィ!本当にバルセロナにいるの?タリファから無事に着いたのね。あなたはすごいわ、すごい距離があったでしょう。」
 久々に聞くアンナの声はとてもやさしかった。彼らはちょうど昨日モロッコから帰ってきたという。
「早くここに来なさい」
「でも昨日帰ってきたばかりで疲れているでしょ」
「そんなの関係ないわ、いいから来なきゃだめよ」
 そう言われたものの、今日の宿代は払ってしまっていたうえに、もう一日くらいは英語でなく日本語で話をしていたかったので、明日から行かせてもらうことにした。
 今日はデパートに行ったりと、近所をうろつきのんびりした。
 バルセロナの夏の週末は市内の有名建築物がライトアップされるらしいという噂を聞き、仲良くなった日本人旅行者と夜、外に出る。街は昼間とは全く異なった姿を見せていた。カテドラルは宝石箱のように輝き、ガウディの建物も光に照らされ、さらに幻想度を増していた。
 モンジュイックの丘の巨大噴水もライトアップされるというので、行ってみることにする。遠くからでもピンク色に輝いた噴水が見えた。近づいて行くと、いつのまにか光は消えてしまっていた。
「なんだよ、もう終わりかよ」
「あっけねーな」
 誰もが悔しがっている中、それはあまりにも突然だった。
♪バルセローナー、バルセローナー♪
 高音の音楽とともに、噴水の水が光りながら噴出した。水はまるで生きているかのように、音楽に合わせて色とりどりに踊りだした。
 誰もが言葉を失った。それはもはやライトアップという言葉だけでは表せない、一つのショーだった。「バルセロナ」と連呼するこの曲は、バルセロナオリンピックの曲らしかった。噴水に目を奪われながらぼくは感じることができた、今バルセロナにいるのだと。
 このショーはその後も曲が変わっては、休憩をはさみながら一時間も続いたが、ぼくらはたかが噴水に釘付けになり、動くことができなかった。周りに腰を下ろしている大勢の人もどうやら同じらしかった。一曲一曲が終わるたびに、このただの人工物である噴水に対してみんなから賞賛の拍手が送られた。
 水のミュージカル。
 それは、ぼくにとって、この場所での一番の思い出となった。まだ感動が抜けきらぬまま宿に帰る途中、ぼくらはあることを誓い合った。いや、誓ったという程ではないのだが…
「バルセロナはまったく良くなかった」そんなことを言う旅人がまれにいる。もしそんな人に会ったらこう言おうと。
「モンジュイックの丘の噴水のライトアップは見た?あれを見てなければバルセロナを見たとは言えないよ」
 とね。
「熱いよ、熱い国だねここは」
 誰かが興奮して叫んだ。そう、ここは情熱の国なのだ。

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