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孤独と不安と葛藤と (ヨーロッパ)
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イタリア入国では、初めてパスポートを見せろと言われた。だからといって入国スタンプを押してくれるわけではないのだが。国境を超えると、「イタリア」と大きく書かれた看板があり、国旗が風にたなびいていた。
国境―うん、これは実感できる国境だな。よし、イタリアにゅうこくー!
ぼくは感動して、イタリアと大きく書かれた看板の前で写真を撮った。
 イタリアも例のごとく海岸線を走る。フランスの海は汚かったが、ここイタリアのイタリアンリヴィエラと呼ばれる海は、スペインと比べて勝るとも劣らない美しさだった。スペインの濃い緑色とはまた違った、どこまでも透明に近いサファイアブルーだ。肩まで漬かってみても、下まで透き通るほどきれいだった。
 早速スーパー・チェッッキング!きっとフランスよりは安いはずだ。
 しかーーし、総合的に見るからに、スーパの製品についての物価はフランスとほとんど同じと言っていいと思われます、ハイ。あースペインが懐かしい、イタリアにいけば少しは贅沢ができるだろうと思い込んでいたから、まったくもってがっかりである。
 今日はフィナーレ・リグレにあるお城のユースホステルに泊まる。部屋は六人部屋と少々窮屈だったが、何よりも元お城という雰囲気がよかった。
 庭でのんびりしていると、旅行者らしい白人の若者が寄ってきた。
「自転車できたのかい」
 彼は、きれいなアメリカ英語で聞いてきた。
「そうだよ。君はアメリカから来たの」
「うん。おれはアメリカを出て四ヶ月になる。これから世界中を二年かけて周るつもりだ」
 彼の名はアレックス、年はぼくと変わらない。大学を辞めお金をためて、まずはアメリカを三ヶ月間車で旅行したそうだ。東海岸で車を売って、イギリスに飛んできて、とにかくお金が続くまで世界中を旅するのだという。
「ところでどこまで行くんだ」
「シンガポール」
「そいつはすごい、ずっと自転車で行くのかい」
「そうだよ」
「ああ、いいな。おれは車やバスで旅をしているけど、本当はそういうことがやりたかったんだ」
 彼の答えはぼくにとって意外なものだった。
「本当にいいなー。君がうらやましい、おれもそういうことをすればよかった」
 そう言いながら、ぶつぶつと、ため息交じりで、いいないいなといつまでも言っていた。
 そう言われてぼくは純粋に嬉しかった。旅を始めてから、初めて誰かが認めてくれた気がした。
 旅行中、いろいろな旅人に会い、きまってどこまで行くのかという質問を受けたが、ぼくの答えに帰ってくる言葉は、いつも否定的なものだった。
「え、どこだって。うそだろ」
「冗談を言っているに違いないわ」
「信じられない、君は頭がおかしいに違いない」
「君は私がいままで会った人の中で、一番クレイジーだわ」
 誰もが、あきれるくらい同じ返答をした。そんな答えにうんざりしていたぼくにとって、彼の言葉は新鮮だった。本当に嬉しかった。
 彼はぼくの話を聞くたびに、恨めしそうな顔で、また微笑みながらうなずいた。

600メートルの峠を超え、斜塔のピサを抜けてローマに向かう途中、同じ方向に向かう5人の集団サイクリストに会った。彼らはえらく多くの荷物を持っていた。ここはヨーロッパで水などどこでも手に入るというのに、1ガロンもの水筒を持ち歩いているのだ。いったい何処から来たのかと聞くと
「ハンガリーさ」
 と、リーダー格のガタイのいい男が答え、名刺をくれた。そこには《ハンガリー サイクリング クラブ》と書いてあった。
「どこまで行くの?」
「ここからナポリに向かい、シチリア島を経由して、アフリカのチュニジアまで行くんだ」
 チュニジア?結構近いのかなーと思って距離を聞くと、ハンガリーから7000キロだと言う。それでもぼくの方がはるかに遠くを目指している。
「それで、君はどこを目指しているんだい」
「シンガポールだよ」
 ぼくは得意になってそう答えた。
「そうか、シンガポールか、遠いな」
 彼は特に驚いた様子もなくそう答えた。
 話をするうちに、彼らはハンガリーから直接イタリアに向かって来たのではなく、ヨーロッパをぐるりと周ってきたことが分かった。そのルートがぼくと似ていたので、タリファの風はすごかったことや、あそこのビーチはきれいだったとか、話に花が咲く。行く方向も一緒だし、彼らも野宿派だったのでもしよければ一緒に行こうと思って、今日の行き先を聞いた。
「特に決めていないけど、明日にはローマに着くよ」
 がっちりとしたリーダーが言った。
「明日にはローマ?」
 今はもう3時をまわっていたし、ここからローマまでまだ300キロもあるのだ。ぼくは今日を含めて3日で行こうと思っていた。いったいどうすれば明日にローマに着くことができるのだろう。不思議がっていると仲間の一人がハンガリーからの予定表を見せてくれた。それを見ると毎日の走行距離がすべて200キロ以上となっていた。そして一日の休息もない。明日もローマで観光することすらないのだという。
「これが成功すればギネスになるんだ」
 リーダーが得意そうに言った。
「ギネス?」
「そうだよ、2週間で7000キロ進めばギネスになる。」
「ギネスってギネスレコードのこと?」
 今度は本当にこっちが驚く番だった。ぼくは2ヶ月で4000キロ、彼らは2週間で7000キロ。彼らのすごさは一目瞭然だ。もちろん、自転車旅行の趣旨からして全く違うけど。それにしてもすごすぎる。世界にはスゴイ奴等がいっぱいいるんだなぁ。
 昨日は4時間しか寝ていなくて、今日も暗くなってもライトを点けて走るそうだ。ギネスレコードも楽じゃないな、ってそりゃそうか。あーとにかくすごいな。
 最近ぼくは140キロくらい走る日もよくあって、それだと丸一日何処にも寄らないで、本当にこいでいるだけなので「それではいかんいかん、もっとゆとりを持ってゆっくり進もう」なんて勝手に思っていたけれど、目的地に早く着きたくなったら彼らのようにひたすらこいでもいいんだなって思いなおした。基本的にはゆっくり進みつつ、それでも目的地に早めに着きたくなったならば、そのときはペダルをこいでこいでこぎまくればいいのだ。
 今日はとりあえず、途中まで一緒に彼らの後ろを付いていってみることにした。それにしても、彼らの速いこと速いこと。離されまいと必死だった。これがハンガリー・サイクリングクラブ、なんでそんなに重いチャリでそんなに早いの。自分に自信がなくなってくるよ。
それもそのはずだった、メンバーの一人はハンガリーレコードを持っているそうだ。なんのレコードかというと、マウンテンバイクで一日に進んだ最大距離だ。
 それがなんと415キロ。415キロってぼくの4日分の距離数じゃないか、またしても唖然。彼らとは本当にレベルが違うのだ。
 速く走るのに疲れたので、さようならを言ってわき道にそれた。そして小さな町の小さなジェラート屋に寄り、アイスを食ってボケーっとする。自分にはやっぱりこういうのんびりだらだら旅の方が合ってるな。
 まあのんびり行こうぜ。
 しかしイタリアのドライバーはそうは思ってはいないらしく。車をビュンビュン飛ばしては、時にはあおってくる。これまでの国でもっともマナーが悪い。標識もいいかげんだ。
 それでもすれ違う車や、追い越していく車がクラクションを鳴らし、窓から手を振って応援してくれることも多くて、イタリア人って陽気なんだなと嬉しくなることもあったのだが。通りかかった名もない町でも、気が向いたらぷらりと寄り道をした。キリスト教信者ではないけれど、大きな教会を見つけると必ずといっていいほど入ることにしていた。
 なぜかぼくは教会が好きだった。教会というよりも、教会の中の雰囲気が好きだったのだ。外は熱いというのに、冷房も効いてない教会の中はいつでもひんやりとしていた。そして外の喧騒が聞こえないほど静かだった。中はまるで別世界のようだった。
 汗をかいたまま、椅子に座って目を閉じる。静かな空気の流れを感じ、かすかな足音に耳をすませていると、本当に落ち着いた気分になれる。神様って本当にいるんじゃないかなって気がするのだ。

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