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孤独と不安と葛藤と (ヨーロッパ)
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ユーラシア大陸最西南端のサグレスから海岸沿いに東に進み、30キロほど行くとラーゴスという町に着く。
 町はこぢんまりとしていて、古めかしい家々をぬうように赤レンガの小道が迷路のように続いていて、緩やかな坂にはレストランやバー、オープンカフェがいくつも並んでいた。とりあえず泊まる場所としてユースホステルを探したが、1時間も迷ったあげくについてみれば部屋はもう満員だった。
 仕方なく、珍しく街の中にあるというキャンプ場に行くことにした。それはホントに町の中心から歩いて15分の所にあった。そしてそれはなんとも異様なキャンプ場だった。ヒッピーという言葉が今も使われているとしたら、間違いなくここはヒッピーの溜まり場だった。通常キャンプ場にいるのは自然を楽しむことが目的の人々だったけど、ここにいるのはいかに安く、楽しく、長くいるかということを目的とした若者達である。彼らは体中にピアスをあけ、さまざまな奇怪な髪形をし、昼間から音楽をがんがん鳴らし、酒を飲んでいるのだ。壁には派手なペイントが施してある。なんだか随分と場違いな場所に迷い込んでしまったようだ。
 洗濯だけ済ますと、この異様な場所から脱出するために、とりあえず街中に行ってみることにした。
 
 ここに着くまでに聞いた旅人の評判通り、ラーゴスはすてきな町だった。石畳、細い小道、レンガの家に古めかしい教会、オープンカフェ、ぼくのイメージのヨーロッパがここにはあった。単純なことに、ぼくはそれだけで十分満足してしまった。ここは人も少なく名もない小さな町という感じで、その少し寂しげな雰囲気をとても気に入った。ヨーロッパってすてきだなー…
 と、思うのも束の間、夜になると町の様子は一変した。実は昼の間、観光客は海にいたのだ。町は陸地に上がった彼らで埋まり、レストランとバーが次々とオープンし、静かでこぢんまりとした雰囲気とは程遠くなってしまった。路上ではさまざまなパフォーマンスが行われどこもかしこも人が群がっていた。
 リスボンを出発してからの4日間、お金がなくて毎晩のように自炊をしていたけれど、今日はレストランに入ってみることにしよう。それに道中に友達になったベルギー人が絶賛していた「バカラウ」を一度は食べて見たいしな。
 半屋台のレストンランに入ると、ポルトガル語で書かれたメニューを手渡された。そのメニューには載っていなかったが、「バカラウ?」と定員に聞くと、どうやらそれはあるようだった。いったいどんなものが出てくるのだろう。ちょっぴり不安だったけど、わくわくしながら待つことにした。出てきたそれは期待していた割には何てことはない、ただの鱈の焼き魚だった。「バカラウはすごく旨いんだ、絶対食べなきゃ駄目だよ」なんて言ってたわりには、ただの焼き魚じゃねーか。それでも、久しぶりに食べた焦げ目のあるその魚はとてもおいしいので、一応満足である。
 キャンプ場への帰り道、幾多ものレストランと飲み屋を通り過ぎる。中はどこもかしこも人で溢れていて、誰もが皆楽しそうだった。
 ふっと胸に寂しさがこみ上げてきた。この町にも、明日、明後日行くであろう町にも自分のことを知っている人は誰一人いないし、自分もこの町の誰一人として知らないのだなあ。
プロローグで「わくわく」だなんてかっこいい台詞を吐いていた自分はいったいどこに行ったのだろう。これじゃあ情けないさみしんぼやさんじゃないか。それにまだ「その1」だぞ、こんなんでこの先大丈夫なのか!おーいしっかりしろい!

 翌日、多くの観光客に見習い、浜辺へと行ってみることにする。七月も中旬となるのに、大西洋の水はまだまだ冷たくて、とてもじゃないけど入れたもんじゃなかった。大勢の観光客がいたけど、海に入っているのは100人中5人くらいの割合だった。日光を浴びて、熱くなると体を冷やしに海に入る、それがここのスタイルだった。海は入って遊ぶものではなく、砂浜でのんびりするものらしかった。
 大西洋の風を体に受けながら日本へ手紙を書いた。そのせいか、昨日よりさらに寂しくなる。
結論!「確かにラーゴスはすてきな町だ。だけどここはリゾート地なのだ。リゾートに一人でいるほどむなしいことはないのだ。」
 本当は今日一日ここでのんびりしようと思っていたが、先を急ぐことにした。ここにいてもしょうがない。自分の中の孤独感がそう言っていた。先はまだまだ長いのだ。
急遽、昼に出発。
 途中にアルブフェイラ、ファーロと二大観光地があったが、素通り。観光地には用はねーぜ畜生、だってさみしーんだよー。

 ポルトガルの風景は、なんだか、北海道とアフリカをたして二で割った感じだった。最も、北海道は過去に一度行ったきりで、アフリカには一度も行ったことはないのだけれども。
 道路の状態は最悪で、所々に穴が開いて、国道なのに工事中の砂利道がたくさんあった。本当にここは世界の先進国ヨーロッパの一部なのかしら。通り過ぎる村では、いまだに馬車に荷物を積んで運んでいるおじいさんがいるほど、とにかく田舎だった。小さな村を通り過ぎると、老人が道端に座ってチェスをやっていて、小さな商店の前では、おばさんが話し込んでいた。ここでは何もかもがスローペースに見えた。大航海時代のかつての繁栄の面影なんて微塵もなかった。
 「ここはヨーロッパの中の途上国で、田舎だよ」と出会った旅人が言っていたけれど、歴史のなかにとり残されたような、こののどかな国では、誰もが幸せそうに見えた。

 二日後にはヴィラリアルという名のスペインとの国境の町に着く。
 日本にはない国境。それを今から越えるのか、ワクワクするなー。どうやらグアディアナ川という川を隔てた向こう側がスペインらしい。
 とりあえず、ポルトガルのお金、エスクードを使い切ってしまうことにした。ヨーロッパはとにかく両替手数料というのが高い。だから両替手数料を払ってまで、残ったわずかばかりのお金を両替するのなら、ここで全部使ってしまった方が得なのだ。
 町は意外にスペインから来た観光客でにぎわっていて怪しげな土産売り屋がたくさんあった。ポルトガルのほうがスペインより物価が安いらしいので、スペイン人が買出しに来るのだろう。川を渡るだけで物価が安くなるのなら誰だってやってくるさ。そのせいなのか、この町の物価はほかのポルトガルの街と比べて多少高い気がした。
 食堂に入り「ビファーナ」を食べる。鉄板で焼いた肉を挟んだサンドイッチだ。ここポルトガルで昼食は毎日のようにこれを食べた。食堂が違うと味も微妙に変わり、これがまた、ほとんどはずれがないほど美味しいのだ。
 いつもは無駄金を使わないように、使わないようにとケチっていたが、今日は残りのエスクードでお菓子と、アイスを買うことにした。その些細な行為がリッチに感じてしまう自分が情けない、とほほ・・・
 
 いよいよ、スペインに行こうと思って警察に道を聞くと、どうやら橋は車しか通れないらしく、人と自転車はフェリーで川を渡るのだと、船着場を教えてくれた。船はもちろん有料である。もう残っているエスクードは本当にわずかで、足りないのではないかと、どきどきしたけど、記念用にとっておいたお金で何とかたりた。
 期待の国境越えは、ロマンのかけらもなく終わる。川といっても幅は百メートル程で、すぐ向こう岸にスペインが見えるのだった。フェリーに乗ると十分とかからずスペインに着いてしまった。そして、そこには「ESPANA」という看板があるだけで、入国審査も税関もなかった。何しろ役人すらいないのだ。
 初の国境越え。昨日から意気込み楽しみにしていたのに、なんだか拍子抜けに終わっちったな。パスポートにスタンプすら押さないのだ、それくらいは記念に押してくれよ。これじゃあスペインに着いたという実感も何もないじゃないか。そう思っていると、その「実感」はすぐにやってきたのであった。
 まずスペインのお金、ペセタをまったく持っていなかったので両替せねばならなかった。けれども、すべての銀行がことごとく閉まっていた。「ポルトガルじゃ銀行はまだ開いていたのに」そう思ってはっとした。
 時差が1時間あるのだ。向こうは一時半だからこっちは二時半だ、川を一本隔てただけなのに、だ。それでも銀行くらい開いていてもいいはずだった。銀行を探しながら町を歩きまわってみたが、銀行どころじゃなく商店という商店すべてが閉まっているのだった。
 もしかして、これがスペイン流の・・!?彼らは寝ているのだ。いや、実際に寝てはいないかもしれないけどスペインには昼寝の時間があるというのを聞いたことがある。それはシエスタと呼ばれ、その時間には仕事をいったん切り上げ家に帰り、昼食を取ってからひと寝入りして、また働くのだという。そんなことは日本に住んでいたぼくには、常識からいって信じられないことだった。そして、この現代で実際にそれが行われ続けているということが、すごく衝撃的だった。スペイン人もポルトガル人と同じくのどかな人種なのだろうか。
 通常シエスタは、2時から4時の間だという。ここで待っていても仕方ないのでスペインのお金を一銭も持つことなく先に進んでしまうことにした。
 
 結局70キロ走って暗くなったのでヨーロッパで初めて野宿をすることにした。キャンプ場意外の場所にテントを張る行為、いわゆる野宿は基本的にヨーロッパでは違法だという。でもキャンプ場がないのだから仕方がない。
 いくら探しても適当な場所が見つからないので、畑らしき場所にキョロキョロ辺りを見渡しながらテントを張った。今日はお金が両替できなかったので、何も買えずにトホホ。残り物の魚の缶詰と、パスタをあえて夕食を済ました。しかーしこれがまずいまずい!そのうえ水溜りがそばにあるのか、蚊がブンブン襲ってくる。おまけに夜には雨が降ってきた。
「いったいこんな生活があとどのくらい続くのだろう」よわよわの自分がテントの中で一人つぶやいた。

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