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Argentina>>Chile
6.世界最南端の町とアフリカ病と

 

世界で最も南にある町、ウシュアイア。なんてロマンチックな響きだろうか。
これまでもユーラシア最西端やアフリカ最南端など端っこは行ったけど、世界の端は北と南にたった2つしかない。
ここに来るまで、ウシュアイアがその「世界の果て」だと思っていた。自らも宣伝してるし、ガイドブックにも書いてあるし、なんてったってウシュアイアという名前の旅行番組がディスカバリーチャンネルでやっているほどだしね。
しかーし、みなさん騙されてはいけませんよ、残念ながらここより南にも人は住んでいるのです。ここより南、チリ側にプエルトウィリアムスという村があり、そこが正真正銘の世界最南端の居住地となるらしいのだが、ウシュアイア側の主張によると、そこは世界最南端の「村」で、ここは世界最南端の「町」なのだという。

まあ、とにかく南極ツアーが出発するのもこのウシュアイアならば、マゼラン海峡を船で越えなければやって来られない陸の孤島と呼ばれる場所でもあるし、街は、あのビーグル水道に面していたりして、世界の果て的気分が味わえるところではある。かなり観光地化されてしまっているけど。
この大きな島はティエラデルフエゴと呼ばれ、訳すると火の国という意味だそうだ。かつてマゼランの探検隊がやってきたとき、海岸で先住民が燃やしている火をよく船から目にしたことからそう名付けられたという。
まあ、何にせよ、とにかく遠い。どこからも遠い。首都ブエノスアイレスからは3063km、そしてアラスカからは17848km。日本からは?想像もつかない。
僕らはこの地に特別な思いがあるわけではない。しかし、この最南端の地を目指し、北米からやってきた、ライダーやサイクリストたちにとっては、ここはさぞ格別な思いする場所だろうな。

今日は一人で別行動。やることがなかったので、町から7キロ離れたマルティアル氷河へと向かった。雪の中、表札に従い、最後はラッセルもどきまでして、きつい斜面を上がって1時間半も歩いたのに、とうとう氷河は見つからなかった。
氷河から帰ってくるときのことだった。ヒッチハイクしようかどうしようか迷っていると、町の方向へと走る車がクラクションを鳴らしながら止まってくれた。町に行くのか?と聞かれそうだと答えると、「乗っていけよ」と言われたので乗ることにした。車には合計3人の人間がいて、運転している男性は失礼だが見てくれがちょっと汚かった。そして、残念ながら、ここで僕はアフリカを振り返ることとなった。「もしや、金を請求されないだろうか、自分から乗せてやると言うなんてちょっとおかしいな」と心の中で思ってしまったのだ。ああ悲しいかなアフリカ病。
アフリカではヒッチハイクをすると、間違いなくお金を請求された。市バスを待っていて頼んでもないのに向こうから乗っけてやるから乗りなと言われた時も最後には「金」と言われた。親切心の裏に暗黙のお金の請求が隠されていることが多く、向こうに何かをしてもらったら9割がた何かの見返りを求められた。それも150%の。

ここは人懐っこいラティーナ国、そんなのを忘れなかればいけないのだ。人を信用したい、信用しようと思った。でも100%信用できない、それが自分でも情けない。
陽気な彼ら3人組みは、突然「お前は普段何の酒を飲むのだ」と聞いた。
「セルベッサ(ビール)が好きだよ」
と答えると、
「なんだ、サキ(酒)じゃないのか、俺らはワインだね」
と言うと、にゅーっと座席裏のポケットからワインのボトルが出てきて、運転しながらみんなで回し飲み。
「運転中でも問題なし!プリマベラ!プリマベラ!春がやってきた!」
と運転手は大騒ぎ。確かに今日は暖かい。が、けっして春の暖かさではないぞ。まさしくラテンのノリですね。
町で降ろされるかと思ったら、彼らの家に連れて行かれ「寄っていけよ」と誘われる。まだアフリカの後遺症が抜けない僕は、一瞬、ためらった。それでも家に入ってみることにした。ここはモロッコでもブラックアフリカでもなければ、アルゼンチンの果て、ウシュアイアなのだ、と自分に言い聞かせながら。
家に入るとワインをグラスに注がれ薦められる。「睡眠薬が入れられてたらどうしよう」とまだ疑う心が抜けない。
運転していた彼はインディヘナの原住民だった。彼のおじいさんのおじいさんもこのウシュアイア出身だといい、この地はパライソ(楽園)だと言った。そして相変わらずプリマベラ、プリマベラ!と騒ぎ、家の中では半袖。
僕のほうは、つたないスペイン語で、今日氷河を探したのに見ることができなかったことを話すと、冬だから雪が覆い被さって見えないのだと教えてくれた。そして、来いと言って僕をキッチンに呼び、いきなり冷凍庫を開けた。
そこから彼は氷の塊を取り出し、にこやかに微笑みながら
「氷河だよ。」
と言った。そしてこう続けた。
「この氷は1万2千歳だ、こいつは1万2千年もいろんな物を見てきたんだ。これを入れたウイスキーは最高なんだよ。」
言い終わると、彼はその氷河を僕のワイングラスに入れた。

もういいやと僕は思った。たとえ彼らが悪人で騙されても、そんときはそれでいいか、と。そしてグラスに入ったワインを飲み干した。
グラスに残った、気泡だらけの氷河の塊を眺めているとなんだか不思議な気分になってくるのであった。
この地に遥か昔から住んでいた人々の子孫の彼が言うように、氷にはたくさんの歴史が詰まっているのだろうと思った。インディヘナは面白い考え方をするもんだ。
1万2千年の輝き。

彼はインディヘナでこの国の原住民だが、ここアルゼンチンは白人にのっとられてしまったような国である。僕が何かの原石をルーペで見ているときに、そのルーペが日本製だったので喜んで「これハポネスだよ」と言うと。彼はこう言った。
「おお、ハポンは何でもつくってる、そして最近は中国中国だ。でも中国がどうした、アメリカがなんだ、俺たちにはインカがあった。遥か昔から歴史があったんだ、ムーチョムーチョアニョスなんだ」
スペイン語が話せない僕が勝手に自己解釈した言葉かもしれない。
かつての原住民も今は都会の文化に溶け込み、もうアルゼンチン人となってしまい、ラテンのノリで話し、また踊る。しかし、彼はコロンブスの子孫でもなければマゼランの親戚でもない。彼の体にはインカの創造主と同じ血が通っているのかもしれない。 
そのムーチョムーチョアニョス(たくさんのたくさんの年月)という言葉に、スペインに征服されてしまった者の、はかなさを感じるのは、ただ単に僕の思い過ごしだろうか。

帰りに、あまりきれいとは言えない街から外れた住宅街の道を酔っ払って歩きながら、僕はあの氷河のことを思った。1万2千年もの月日を見つめてきた氷河。
この歴史を、僕ら破壊の世代による温暖化現象で途切れさせてはいけないのだ、と

 

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