アルゼンチンのパタゴニアへと向かった。パタゴニアはアルゼンチン及びチリ南部の広大な地方を指すと前述したが、僕のなかでの、そしておそらくアウトドアを営む者が指すパタゴニアとはアルゼンチンであればカラファテやチャルテンの地域、チリ側であればトーレスデルパイネ国立公園に当たると思う。
そのアルゼンチン側の「パタゴニア」へはリオヘジゴスという町からバスで4時間、カラファテと呼ばれる町に行くことから始まる。その道中は何もなく、荒野の中を行くといった趣がある。川は流れていて、湿地帯もあるものの、台地は非常に乾燥していて、木さえ生えていない。羊は時折見かけるが、羊くらいしかこのあたりでは育たないのだろう。
カラファテも小さいながら観光業によって、支えられているといった感じの街だ。実際、このオフシーズンによくこれだけの観光客を見かけるなあと思ったほどだ。この町に観光客が来る最大の理由は「モレノ氷河」に行くことである。
カラファテから2時間、アルゼンチン湖に面して大きな氷河の塊がある。これは世界でも珍しく非常に活発な氷河だという。どこら辺が非常に活発なのかというと5分10分置きに、氷河がものすごい音を立てて湖に崩れ落ちるのである。高さ10m以上はあろう塊が湖に落ちるさまは、まるで架空のスロービデオでも見ているようである。それが湖に落ちてから、爆音と巨大な波、そして現実味がやってくるのだ。
縦55メートル、奥行き14キロというこの氷の塊はため息がこぼれるほどすごい。写真を見てくれ、どうだ。
モレノを見た後、バスはダートロードを突き抜け、パタゴニアの風を掻き分け、フィッツロイの麓、チャルテンへと向かった。
そこはゴーストタウンだった。
そもそもチャルテン村それ自体は想像より大きかった。しかし、人がいないのだ。ポツリーン・・・村に舗装道路はなし、村の90%の商店は新聞紙を窓に貼り付けて営業中止、200世帯ほどと思われる人口もおそらく今は半分以下、空いているホテルは二軒、スーパーは一店舗、食堂二軒、のみのみのみ。
僕らはこの町に一週間も滞在した。後でこれを他の旅人に話すと「なぜ!?あの町に!?しかも冬に!」と言われたもんだが、まあ、確かにやることなんかあんまないのだ。でも、冬であろうがなんだろうが、自分の中の「パタゴニア」で僕は思う存分山を眺めていたかったのだ。
この村からは、クライマーに世界的に有名なフィッツロイとトーレ山を眺めることができる。険しさ故に雪さえ取り付くのを拒む山々は、それはそれは美しかった。僕は飽きることなく毎日ポケーッと山を眺めていた。キャビンのキッチンで、村で一つしかない商店から仕入れた限られた食材を料理しては、ひと気のない村を小一時間散歩する日々。たぶん僕は、山の美しさよりも、「今、あのパタゴニアであのフィッツロイを眺めているんだぞ」という事実そのものに、陶酔していたんだと思う。
このチャルテン村、冗談抜きで建物の半分が工事中である。増築なのか新築なのか、来るべき夏に向けて着々と準備しているのだ。夏はさぞかし、ブームタウンとなるのだろう。近い将来この素朴な村がカラファテのように変わっていくのかもしれない。
毎日、風がものすごかった。時に泊まっているキャビンを吹き飛ばしてしまうのでないかとさえ思った。これが聞きしに勝る、あの「パタゴニアの風」なのだった。これ、サイクリストには地獄ですね。
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