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10.ウユニ塩湖
11.催涙ガス、浴びる
12.世界で一番・・・
13.六千メートルの世界
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15.世の中、なんて不平等なんだ



 

 

Bolivia
13.六千メートルの世界

 

山を降りてきて一日がたった。
何もしなくていい日、何もしたくない日。よく寝て、インターネットして、カフェで本を読んで。そして必然的に昨日のことを思い出して。
もう二度と行くのはやめようと思っていたあの世界に、また行ってみたくなる。
まるで誰かがおいでおいでと呼んでいるみたいだ。
何故だろう、山の魅力っていったいなんだろう。
登っても何の得もないと人は言うだろう、ただの自己満足だ、と。
そこに何があるのだろうか、なにが僕を惹きつけるのだろうか。

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ボリビアで最も簡単に登れるといわれる6千メートル峰、Huayna Potosi(ウアイナ・ポトシ)。
蓋を開けると、クレパスあり、梯子あり、アイスアックスにクランポンで壁にしがみつく斜面ありの、かなり本格的な登山となった。

DAY1
通常この山は2日で登れてしまう山だが、標高3600mのラパスでゼーゼー言っているので、ここは大事を取って3日間かけることにする。なんせ高度順化さえできていないのだ。この選択が正解だった。

ラパスを出て、二時間もしないで標高4700mのベースキャンプに到着。
目の前に見える山は紛れもなく6000mの雪山である。思っていたよりすごい。果たしてこんな山に登れるのだろうか?

今回のパーティーはスコットランド人の2人が加わって4人。それにガイドが2人。メインガイドであるロキオはガイド歴10年のプロ中のプロだ。

今日は実はトレーニングデイ。
このベースキャンプから歩いて40分ほど行くと氷河の塊があるのだが、そこで基本的なアイスアックスやクランポンの使い方、急な斜面の登り方や降り方、確保の仕方、最後には垂直な壁をダブルアックスで登ることまで教えてくれた。
Huayna Potosiは簡単に登れる6千メートル峰ということだったが、思ったよりシリアスそうだ。
体はすこぶる快調。明日からが楽しみだ。

DAY2
500mアップの5200mのハイキャンプを目指す。ポーターが一人付いたが、テントと食料を運んでくれるだけなので、基本的に自分の物は自分で持つ。庶民なので、僕としてはそのほうが気が楽だ。
今日はかなりイージーな一日だ。たったの2時間歩いただけで、キャンプサイトについてしまった。それにしても標高が高いということは空気が実に薄いものだと、久々に痛感する。なんでもない斜面が日本の二倍つらい。
歩くと頭がクラクラする。急に下半身の力が抜けその場に座り込みたくなるような錯覚に襲われるのも、高所ゆえの現象であろう。

昼ごはんを食べると急に睡魔に襲われ、一時間ほど寝る。
昨晩と同じだが、眠ると呼吸が小さくなり、起きたときに心臓がバクバク波打ち、ゼーゼーと息が荒くなる。あまりにも苦しくて、外でしばらく深呼吸を繰り返した。
高山病にかかっているときに、眠ることはかえって症状を悪化させるといわれている。睡眠中に酸素の摂取量が減ってしまうということからだ。

明日は夜中の1時の出発なのだが、とにかく昼寝はしないことにした。
夕飯を5時に食べ、寝ようと努めたが・・・・うーん寝れない。

DAY3
深夜12時に起きる。思ったより寒くはない。
しかし頭はズキズキ、腹はキリキリ。
朝食(?)はオートミール、これが腹を悪化させた。やっぱり日本人だ、米が食いたい。

クランポンを装着し、ガイドのロキオ、相方とロープで繋がれる。もう運命共同隊だ。そして、いざ雪上歩行開始。

ザクッザクッとクランポンが雪に刺さる音が小気味いい。確実にキャンプ場の明かりが遠ざかっていく。クランポンとはこんなにも良くできた物か、とただ思う。吸着版のように足の裏が雪面に吸い付いていく。

はっきり言って、僕は深夜に歩く「日の出登山」が嫌いだ。景色が見えないからね。でも今日の場合、この深夜の歩行は大正解だ。雪が程よく締まっていて、歩くのが昼間よりずっと楽なのだ。
しかし、それはまた危険でもある。ルートが良く見えないからだ。ルートが見えないということは、この急斜面で少しでも足を滑らせたらまっさかさまに落ちていってしまうことを意味するし、クレパスの多いこのルートで、ガイド無しの登山を不可能としているということだ。
そうなのだ、想像していたよりもずっと、「クレパスが多い」のだ。
引き締まった雪の斜面を歩いていると、時折「ピシッ」とまるで大地が割れるような不気味な音がする。
そんな時僕は、まるで雪の表面がごっそりと削げ落ち、みんなそろってどこか暗く深い闇へと落ちていくような錯覚を覚えるのであった。

クレパスをいくつも越えた。それを超えるとき、僕は怖い物見たさから、その裂け目をどこまでも覗いた。それは地球の裂け目まで続いていた。
やれやれ、だ。ここは初心者の来る山ではない。
おそらく僕は勘違いをしていた。
ここは「簡単に登れる6000m」ではない。「6000mのなかでは簡単な山」なのだ。
あくまでここは6000mの雪山、簡単に登れる6000mなぞ存在しない。
集中力、集中力。

僕はまだ余裕だったが、相方はかなりへばっていた。足元がフラフラしている。正直良く付いてくるよ、と思う。女の子なのに、つらいだろうなあ、と。
とにかく、大○がしたくて仕方なかった。この急斜面でハーネスを着けてどうやってしようか、とか、オナラがとまらねーな、くせーな、とか、そんなことを考えながら登っていた。まだ余裕だ。

午前4時、巨大なクレバスを梯子で越える。ウンウン、なんか映像の中のヒマラヤの世界ですね。

午前5時、先は今だ見えない。5800mで一休み。他のパーティーもみんなへばっていた。口数が少ない。さすがにきつくなってきた。前の人間とのロープはもしものときの為に、常にテンションを保ってなければいけない。
少しロープが緩んで、止まって休む。すると、すぐにそのロープがスルスルスル〜と伸び始めていく。「ああ、もう進まなければいけないのか・・」と重い足を前に出す。
この感覚がなんともいえない。

5時30分。東の空が明るみ始めた。
6時。頂上までの250mの壁みたいな斜面に到達する。と同時に、太陽が上がった。
全ての生命の源が。
なんともすばらしい光景だった。
同じパーティーのスコットランド人のクリスが叫んだ。
「This is the best view in my life!!」
そうかもしれない、と僕は思った。鼻がツーンとして涙がこぼれそうになった。
こんな景色、生まれてこのかた見たことがない。

さあ、最後の登りだ。
ロキオが近づいてきて言った。「今日はすこぶる氷の状態がいい。確保無しで上がるぞ」
なかなか急な斜面だ。落ちたら下までまっさかさまだな。
慎重に、そして確実にアックスを振りかざし、足を雪に突き刺す。しっかりと全てが刺さっていて、自分の体重を支えられるのか、確認も怠らない。
しかし、つらかった。おそらく、もはや酸素は地上の半分くらいしかない。数歩上がっては「ゼーゼー」とその場に倒れこむように息を吸った。
こんなにつらいことはない。もう山を登るのはやめようと思った。

後ろを振り返った。
なんていう景色をしていやがるんだ。
ちくしょう。

午前7時01分。自己最高記録を更新。
標高6088mのHuayna Potosi、Pico Norteに立つ。
山頂は、スペースもなく、標識もなく、あまりに狭い場所だった。
嬉しいけど、苦しくて死にそうだ。
とにかく、やった!
下山したら、もう何もしたくないと思った。

そして下山もつらかった。
この250mの急斜面はラッペルで下る。ロープが50m伸びきると、その場に待機して、ガイドが下りてくるのを待ち、そこでまたアイススクリューで確保の場をつくり、ラッペル、の繰り返しなのだが、ガイドは何のプロテクションも無しで降りてくる。
ズシンズシンと高速の速さで。
怪物だ、と思った。経験を積んだ山のプロフェッショナルガイドとはここまですごいものなのか、と。

急な斜面の後は、比較的なだらから場所を下る。
明るみの中、下に見える真っ白な大地を見つめると、所々大きな亀裂が入っているのがはっきりと見える。全部クレバスだ、良くあんなとこ越えてきたなあ、と思った。
空気の関係上、日本の山と違って、下りは格段と楽で早く、頂上からたった2時間半でハイキャンプへと到着。
ここからが、なんだかむしょうにつらかった。さらに下のベースキャンプまで降りるのだが、このたった一時間ちょっとの道のりが地獄のようだった。気分が悪くて何も食べていなく、ハンガーノックにでもかかっているのだろうか?あ〜米が食いてえ・・・
心臓がバクバクし、少し歩くだけで苦しく、すぐに立ち止まった。もう1000m以上降りているはずなのに上と変わらないような空気の薄さ。
弱気にも「人はこのような状態で高山病で死ぬんじゃなかろうか」と思ってしまった。
午後1時、ようやくベースキャンプに到着。
長い長い一日が終わった。

標高4700mのベースキャンプから、車でたった2時間足らずで「下界」に戻ってきた。
ああ、空気が重く体に生気がみなぎってくる。
ハテハテ、この下界ラパス、標高3600m。富士山と同じくらいの高さがあったんじゃなかったけか・・・
やっと、高度順化が完成に近づいてきたみたいだ。

 

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