岡村祐介を偲ぶ

一度はメモ帳に書いた思い出ばなし。

現実を見たくなかったのか、筆が思うように進まなかった。

つい先日、ヨーロッパに行った。一人旅だったけれど、昨年末のパタゴニアへの4人旅へと想いを馳せた。

パタゴニアに一緒に行った4人のメンバー、その中のひとりであるおかぴーだけがもうこの世にいない。ありきたりのように普通にそこにいた友人に会えない事実。寂しさが現実のものとなって胸に突き刺さった。

あれは2007年くらいのことか。静岡から神奈川に戻ってきて、右も左もわからないまま代官山の制作会社で働きはじめて、しばらくたった頃。

千葉の千倉にサーフィンに行った帰りの車の中で、思いつくままに企画したカシオの携帯電話用のアウトドア・アプリがプレゼンの結果とれてしまった。その後3年間、様々なバージョンのモバイルアプリや携帯関連の仕事をすることになったのだけれど、仕様からデザイン、UIからUXまでお願いしたのが AXIS という六本木にあるデザイン会社だった。

「おまえは何もわからないんだから、とにかく正直になんでも聞けばいいんだよ」と社長に言われるがまま、何もかも一から教えてもらうことになった。

AXISの担当窓口でありプロジェクトのリーダーが岡村さんだった。いまでは気軽に「おかぴー」と、ふざけて呼んでタメ語で茶化したりもしていたけれど、最初はちょっとおっかなくて、お見積りの件やらデザインの方針やらで何度か衝突もした。

週に何度も六本木に通い、夕方に始まる会議は普通に3-4時間。終わるのは深夜のことも。今だったらなかなか考えられない。

今思い起こせば、ただただ右も左も何もわからない自分に、ほんとたくさんの事を教えてくれた先輩でもあり。とことんお互いがこだわって、ともに徹夜もして、あーだこーだ言い合って、納得するものが作れた同士でもあったと思う。

制作会社をやめて、仕事での付き合いが薄くなってからは、プライベートで遊ぶ機会が増えた。手始めにと、キタタンのレースに誘ったら、その後トレイルランにのめりこむようになって、信越の100kmレースも完走するようになっちゃって、さらには弟が遊び仲間としてずいぶんと世話になった。

その後も台湾にファストパッキングに一緒に行ったり、伊豆に行ったり、富士山にトレーニングに行ったり。アフリカの遠征への同行は断念したけど、空港に見送りに来てくれて、情も厚かったよね。

そして、昨日の事のようなつい最近の南米のパタゴニアにはハラペコ探検隊の一員として、一緒に地球の裏側まで行った。現地では大ハプニングを彼が起こして「10年はネタにできるよね。笑い話ですんだから、結果的には美味しいね」って。それ、まだ公表してないじゃん。

もう会えないとか、本当に勘弁してほしい。寂しすぎるな、って思う。

一昨日、今もまだAXISで働いている当時からの友人が、おかぴーを偲ぶ会を、仲間内でいいから年が明けたらやりましょう、と連絡をくれた。岡村さんと一緒にいった、蒲田のニイハオがいいかな、と。みんなに愛されているよ!

どのようにしめればいいのか、よくわからなくなってきた。
もう12月で、去年一緒にチリへと旅立った日もすぐそこ。あの時の動画や写真を見返しても、おかぴーがいないというのが、本当に実感がない。でも、いない、という事実が無性に寂しい、ただただ、寂しい。

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