フィリピン
パラワン島。
時間のこととか
幸福についてとか
そんなことを考えるときに、なんだか、きまって想う場所がある。
何もないけれど、それでいいのだ。と思った場所。
何もないと思うのは、多分錯覚で、そこにはすべてがあったのだ。
海があり、森があり、畑も田んぼも、海の生きモノたちも。
太陽や家族。そこにはすべてがあったのだ。
人々は皆あたたかく、やけに幸せそうだった。海岸沿いのゆるやかな時間の流れがそこにはあったのだ。
これでいいじゃないか。
と思った。
なんて幸せな時間と空間が存在するのだと。
2日、3日、4日と島での時間は過ぎていく。
時間に密度というものがあるのなら、それは密度が濃い上に、ゆっくりと過ぎていった。
今、ここでこうして過ごしている時間と同じとは、到底思えないのだ。
一日がまるで、40時間も50時間もあるようだった。
今、日本で
忙しい日々を過ごしている。
それを勝手に、たくさんのことをしているのだと勘違いしている。
充実した、濃い時間を過ごせているのだと思うようにしている。
そして、まるで早送りでもするかのように、月日が過ぎて行く。
時間を有効に使えているのだろうか。
でもそれは果たして、人生を無駄にしているのと同じことなのではないのだろうか。
もうすぐ3時がやってくる。
こんな夜中に突然思い出したのだ。
前触れもなく目の前にフィルピンの光景が広がり、ちょっぴり幸福な気分になった。
今、確かに、この瞬間に。
あの島の幸せな時間は存在するのだ。