5:00に全員のスマホから一斉にけたたましいアラーム音が鳴る。起きる気配がない同部屋の台湾人には申し訳なかったけれど、お湯を作ってフリーズドライのピラフとラーメンを作る。6:30に出発し、ヘッドランプを点けながら笹の斜面を上った。
水が切れていたので地図に印があった場所で水場を探すと、それは川ではなく小さな溜池だった。ただ、池といっても水が湧いているようで、見た目は綺麗。浄水して飲水を作ると、空がかなり明るくなってきた。いい景色だった。このまま晴れていってくれないかな、と南湖山荘へと続く稜線を上がる。その先に見える絶景を期待しながら。
しかし絶景はいつまでたっても現れず、辺は段々とガスに覆われていった。アップダウンが続く細くて急峻なトレイルでなかなか手応えがある。
山荘に着いたのは8:50。大きな避難小屋で沢山の登山者がいた。ここに泊まっている人は少なくとも前々日に出発しているわけで、ひどい雨の中を来たに違いない。台湾の登山者はメンタルが強いなあと改めて思った。辛い登りだった。昨夜はみんなに意欲的なコースを提案したけれど、山頂に行ったらもと来た道を戻ってもいいかなと弱気にもなっていた。コルに上がると道は別れ、山頂へ続くのは行き止まりの一本道。足場は不安定で、ルートも分かりづらかった。いくつかの偽ピークを経て、岩をよじ登り、10:20についに3742mの山頂へと着く。激しく横殴りの雨風で、のんびり景色を楽しむなんてもってのほか。といっても展望はまったくないのだが。記念写真だけ撮って、元来た道を下ることにした。運命の分岐のコルで作戦会議。時間が早く順調なこともあってか、このまま戻るいわゆるピストンのルートではなく、ここから尖山へと向かいそこから北上する、元の道をほとんど通らないループコースへチャレンジしようとなった。この決断が後に大変な目に合うことは、つゆ知らずに。
ここからは下り基調なはず、とザレ場を一気に下る。すると道がなくなりミスコース。登り返してまた下った。森に入ると苔が美しい。ここもまた、屋久島のようだった。一同美しさに心奪われ、ため息をつきながら、写真を撮ったり景色を眺めたり一向にファストではない。
地図に巨石と書かれているだけあって、巨岩が次第に増えていき、苔が消えると大きな岩のロックガーデンとなった。石をアスレチックのように登って下り、昨日と同じような笹に覆われた斜面に出た。標高を随分と下げてきた証拠で、下界は霧が晴れ鬱蒼とした森が広がっていた。ここからはとにかく高度を下げる。笹が終わると松が生えてきて、斜面はどんどん急になってきた。大瀑布と地図に書かれたポイントで川に合流するはずで、そこからコースタイムで川沿いに2時間ほど緩やかに下れば今日の目的地の野営地のはずだった。「無事に行けたねー、ループコース」とかッセに呟くと「気が早いよ」とごもっともな返答があった。
川の音が大きくなるとともに、下りの道も険しくなっていく。ロープを伝って降りる場面が増え、後ろからくる仲間に「滑るから慎重にね」など注意をしながら進むことになった。大瀑布という名称にふさわしい立派な滝が目視できるようになり、最後は崖のようながれ場を下ることとなった。川が目前に近づくと、先頭を行くカッセが止まっている。どうやら道が見つからないようだったが、正確には道がなくなっているのであった。ルート的にはどうしてもここで川を渡らなければいけない。すでに斜面は崖状態で川の上流にも下流にも歩いてはいけない。ただ眼下の川には橋もなければ渡れそうな場所もない。おまけにこの数日の激しい雨で水量が増えていて激流となっていた。やれやれ、結局いつものアドベンチャーか。
なんとか渡れる場所を探さなければならない。上から見ていても仕方ないので、川まで降りて渡渉ポイントを探すことにした。上流部は滝、二本の川がちょうど合流してそれぞれがかなりの水量だ。ここで渡ったとしてもその先は崖で登れそうにない。下流部は先が見えないほどの瀬の連続でラフティングには楽しそうだけれど、生身だとかなりの確率でこの世にさようならとなりそうだった。中流におそらく胸くらいの高さまで浸かることになりそうだが、渡れそうなラインが見える。ただし、少しでも足を取られたら5m先の瀬に巻き込まれてリカバリー不能。可能性は成功が6で失敗が4だろうか、いや7:3だろうか。胸まで濡れるとして着替えはあるから着替えたとして・・・と何度かシュミレーションをする。
もしくは今からさっきの崖のような道を登り返すか。みんなが行くならチャレンジしようと思っていたけれど、出した結論は引き返すというものであった。我々もみんな父になり、大人になったんだなと思った瞬間だった。ただし、登り返すのも不確定要素があった。600m登れば、おそらくは分岐があり、川を迂回してこの先のコースに合流できそうだった。ただ、先程通ったときに分岐を確認できておらず、道が本当にあるのかもわからなかった。もし道がなければ、コースタイムで20時間くらいの道のりを戻らなければならず、明日夜通し歩くか、どこかで泊まるかという選択肢。それでも、たとえ10時間追加で歩くことになったとしても、命を天秤をかけたらどうってことないじゃん、と思ってしまった。より死のリスクが低い方を選ぶ、確かな選択だと思った(ようやく、この歳にして)
すでに15:00を過ぎていた。夕暮れまで2時間しかない。疲れた体にムチを打って、何も面白くもない元来た道を登り返す。これが一人だったら最悪だけれど、みんなで空元気をだして、ゲスな話をして疲れをごまかしながらゆっくりと登る。夕暮れ前に600mを無事登りきり、来るときに確認していた広場についた。かなり斜めだけれども、4人分のツェルトのスペースはありそうだ。まずはジャンケンで場所を決め、雨の中ツェルトを張る。濡れたものをすべて脱ぎ、狭いスペースで頭を垂れながらお湯を沸かしてご飯を食べた。なかなか疲れた一日だった。ツェルトの中は全てのものが濡れすぎて、身動きも取れずに快適じゃなかった。明日がどうなるのかわからなかったけれど、食べて寝ればまた動くことができる。食って寝てひたすら動く、それだけのシンプルな生活なので、この時点でもはややることもできることもなく、すぐに寝についた。