興奮冷めやらぬ。とはこういう状態だろうか。
たった1日前のことなのに、なんだかずいぶん昔の体験のような。
それでいて、やけにリアルで、思い出すだけで充足感。
現実と想像の狭間で、都会にいながら少し前までいた、あの場所の感覚が忘れられない。
1日しかたっていないのに、僕は想う。
いつかまた、あそこに戻る日が来るだろうということを。
黒部峡谷(渓谷)、下の廊下(下ノ廊下・Shimo no Roka)に行ってきた。
2年前から行きたかった場所。車での交通が極めて困難なため、遠い遠いと思っていたが、行ってみると意外に近かった。
前夜、東京を出る。中央線で信濃大町まで。
駅近くの竹乃屋旅館に宿泊。
2008年10月12日。5:40分のバスで扇沢へ。
3連休中日とあって、チケット売り場がすごい行列。
切符を買い6:30のトロリーバスで黒部ダムへ。
ここが今回のルートのスタート地点だ。
山々の紅葉が素晴らしくきれいだ!もっともこの後、紅葉を楽しんでいる暇などなくなるのだが・・・
今日はまあまあのロングコース。阿曽原温泉を目指す。
黒部峡谷の下の廊下とは、黒部ダムから黒部川の下流に沿って続く道である。別名は日電歩道という。
よくもまあ、こんな谷に道を切り開いたな・・・!ポカンと口を開けたくなるような、断崖絶壁に、人一人がやっと通れる幅の道が続くのだ。
このルートは雪渓が多く残り、危険度が高いため、毎年ルート自体が開かれるのが9月から10月の間1ヶ月~2ヶ月間ほど。開かれない年もあるくらいで、まさに秘境そのものである。
今年は一応ルート整備は終わったらしいが、「自己責任で」という条件付。北側からは正式発表としては通行不可の表示がしてあった。
言葉では足りなそうだし、写真をいっぱい載せようと思う。それでも表現しきれないので、あとは実際に体験するしかないのだが・・・
これまで行った、一般登山道の中では超A級であると思う。ザイルを使わないところでは日本最強系?みたいな場所だった。
いい意味で、久しぶりに予想を裏切ってくれた。
想像以上の場所だったのだ。
黒部川を渡り、進行方向の左岸を行く。今回のルートは基本的に左に壁、右に沢というルートだ。
1時間ほど進んで内蔵助谷。水場があり休憩できるスペースがある。
ここからの約3時間ちょっとが、いきなりだがこのルートの核心部分だ。
エアリアマップに危険マークが4つもある。
内蔵助谷からしばらく進むと、待ってました~!とばかりに壁に沿うように道が続く。下を眺めると、そこは激しく流れる黒部川。運よく川に落ちても雪解け水なのですぐ低体温症でやられてしまいそう。かといって、岩場に落ちれば数十メートルの落下で、もちろん・・・である。
固い岩盤をくり貫いたような道と呼べない道。
道が途切れたところには丸太が渡してあり、宙に浮いたような道を歩くことになる。
最初はガハハガハハ。楽しいなあ~と思っていた。
ここが“まる危”の場所かな?と思ったりしながら。通常だったら、危険な箇所は一瞬で終わる。しかし、さすがは下の廊下。永遠と同じ難易度の場所が続くのである。
今回一番の核心部と思われるところに差し掛かると、もはや笑う余裕がなくなっていた。
「道の上部にクラックが入って崩落の危険性があるので、はしごのルートを遠回りして下さい」と言うのである。
これがやばかった。何せザックが重い。そして首から一眼レフを下げている、これがまた重い。
そんな不安定な状態で、空中はしごに四つんばい。いやな汗がたくさん出た。
まだか、まだかというくらい、その後も“まる危”ルートが続く。
つくづくすごいなあ~と思った。
日本にもこんな場所があることが、うれしくなった。
アメリカの自然体験と日本の自然体験の違い。それは、自己責任だと常々思っていた。
アメリカの国立公園などでは、落ちそうなところにも注意書きや柵がないことが多い。落ちて死ぬ人もたくさんいるそうだ。
そんな場所、日本では立ち入り禁止か柵で囲ってある。
しかしこのルートたるや、何だ。
こんなところを一般開放していいのか?一歩足を踏み外したら下まで落下、である。
現に去年も、その前もここで亡くなっている人がいる。
それでも、不謹慎ながら、思うのだ。このように自己責任であるべきだと。自己の判断に任せるのは素晴らしいことだと。選択肢は自分にあるのだから。
日本にありながら、日本でないような、そんな自由度がここの魅力であると思う。
(それでも過保護な日本社会ではそのうち通行止めになりかねないけれど)
核心部を過ぎても、相変わらず崖である。
黒部峡谷は日本でも有数の急峻な渓谷。ここに道をつくるのだから、それは必然的に崖ということなのである。
途中、いくつも雪渓を通る。標高は1400mと決して高くはないのだが、谷があまりに急なため、日照時間が極度に少ないのだろう。この雪渓が毎年ルートを塞ぎ、年に数ヶ月しかこのルートの開通を可能としていないのだ。
雪渓を渡り、油断する隙もなく、集中力のいるルートが続く。
写真を撮っていたため、大幅にコースタイムを下回り、十字峡に到着。
ここは本流に二方向から沢が流れ込む美しい場所だ。吊り橋もある。
これで本日すべての”まる危”はクリアとなるが、その後も微妙に危険な箇所はたくさんある。
まるでこんなの↓危険でもないですよって言っているみたいだ。
いかにここのルートの難易度が高いかがわかる。
リカバリをするため、急いで歩いた。
疲れが出てきたのか、足を滑らし冷やりとする場面もあり、気を抜いてはだめだと言い聞かせながら進む。
1時間半ほどで仙人ダムに到着。ここの空中吊り橋もなかなかのレベルだった。
ダムを横断し、関西電力の従業員通路のようなところを通る。
これがなかなか面白い。人一人がやっと通れそうな通路。
これもまたレアな体験である。坑道の中は蒸気で暑く、温泉の臭いがした。目的地は近いはず。
山を越え、また下り阿曽原温泉に着いたのは16:00。
長い一日だった。
つづく・・・