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ラストラン (マレー半島)
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シンガポール空港へ向かうとき、ぼくは自転車をエアポートバスへと乗せた。バスに自転車を乗せるなんてこの旅が始まって以来初めての事だった。ぼくは本当に旅は終わったのだと深々と納得してしまった。
 日本に到着すると、成田空港の木には桜の花がきれいに咲いていた。
 電車に乗ると中吊り広告の日本語が、ぼくに読め読めと言い寄ってきた。テレビの中の日本人は何を言っているのかわからなかった。ぼくは現実が受け止められずに、田舎のばーちゃん家に4日間こもった。そして徐々に、ゆっくりと日本にとけ込んでいった。

 どうしようもなくつらかった。時には投げ出したくもなった。日本に帰りたい、何度もそう思った。それでもペダルを踏まなければ一歩も前に進まないので、毎日毎日こぎ続けた。ぼくが目指していた場所はシンガポールじゃなく日本だったのかもしれない。
 それでもぼくはシンガポールを目指した。そこにはきっと何かがあると信じて。しかしエンディングはあっけなくやってきて、ぼくは達成感すら感じなかった。そこにはただ「着いた」という事実があるだけだった。
 いったい自分は何を得たのか、シンガポールにあったもの、その何かがわからなかった。だけどあれから一年以上たった今、ぼくは自分が何を得たのかがわかる。それは言葉ではうまく言いあらせないものである。だからあえてここで言うのはやめよう。しかしそれはぼくの心にいつまでも深く、強く残り続けるのだと思う。
 今まで生きてきた人生の中で、確実に一番つらいと思っていたことも、時がたってみると、楽しい思い出しか残っていない。
 今でもよく旅のことを思い出す。ぼくは目を閉じる。するとそこには必ずと言っていいほど砂漠の風景が広がる。あのイランとパキスタンの砂漠だ。そしてそこには、荒野の中を一人黙々と自転車をこいでいる自分がいるのだ。
 帰ってきてからもぼくは旅を続けた。バックパッキングでアラスカ、アメリカ本土、フィリピンを歩いた。そして日本の北海道から岐阜県まで自転車と登山をしながら旅をした。1ヶ月後には中東に2ヶ月間行くことになっている。 
 ぼくが目指して走っていたもの、それはシンガポールには完全な形で存在しなかったと思う。ぼくはそれをまだ完全に得ていないと思うのだ。

 扉の向こうには、ぼくの到来をいつかいつかと待ち望んでいる世界がある。
またいつの日か、長い旅に出ようと思う、あの荒野の先を探しに。いつの日か…

 旅から帰ってきて一年半、世界情勢はめまぐるしく変化した。イランで一番行っては行けない町「ザヘダン」では麻薬密売組織がらみで外国人旅行者が誘拐される事件が相次いで起こった。 トルコの西部では大地震が起きた。その震源地アダパサルは、ここにも出てくる親切な親父が、宿まで案内して連れていってくれた場所だった。果たしてあの親父は元気だろうか。パキスタンのバローチの砂漠では核実験が行われた。そしてこれもぼくが通ってきたスィンド州のジャコババットには武装集団の拠点があり、誘拐事件の多発により外務省からは渡航延期勧告が出さた。更にはラホールではクーデターも起きてしまった。インド・パキスタンの仲は益々悪化し、ぼくが越えた国境がニュースで映し出されていた。インドのデリーでは相変わらず爆弾テロによる事件が起きている。
 これらの状況を見る限り、何もなく、無事な体でぼくが日本に帰って来れたのは本当に幸運なことだと思う。
 ぼくを常に支えてくれた家族、応援してくれた友達、現地でお世話になった旅行仲間、そしてこの異邦者にいつもどこでも暖かかった現地の人々に心から感謝する。
そして卒論という形でこの旅行記を書く機会を与えて下さった梶山先生、ありがとうございました。

1999年12月7日

〜WEB版あとがき〜
 この文章は大学4年(5年!?)次の卒業論文として書かれたものです。ちなみにゼミは広告のゼミ、学部は経済学部でした。
「ササキくーん、卒論の題材は決まったのかね。」と先生。
「一応環境のことをやろうかと・・・」
「きみねえ、旅のことを書いたら。それでいいじゃない」
 わたくしのゼミは学部では一番人気だった優秀なゼミ、そしてぼくは当然落ちこぼれ。きっと先生が配慮してくれたんでしょう。
 そこから、この物語は始まりました。書いていく内に文章は膨らみ、手直しを何回もし、提出したのは結局卒業した年の12月でした。旅も辛ければ、書くのも大変だったけど、文章を書くという作業はとても楽しいものでした。
 今もぼくは旅を続けています。そして今でも、ぼくの中ではこの旅が原点です。

2002年1月19日

END

 

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