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さらなる試練 (イラン)
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ケルマンにて流されてしまった道具を買い足す。鍋、食料品、安物の10ドルカメラ、洗面具、偽アディダスの靴、地図等々。
 ここから200キロ進むと土のお城があるバム、そこから200キロ続く砂漠を越え、さらに100キロ進むとイラン最後の都市ザヘダン。そこから国境までは約100キロ。やっと少しは先が見えてきた。でも、まだまだあるんだな。
 ぼくはイランが大嫌いになっていた。こんな国出たくて出たくてしょうがなかった。なのに、いくらこいでも、どんなに願ってもこの国から出られない。ほんとになんてでかい国なんだろう。
 バムへと向かう途中の峠で、突然吹雪になったので警察署に泊めてもらった。その峠を越すと、後は70キロも続く下りで、バムに着くとヤシの木が茂っており、昨日の雪が信じられなかった。
バムは砂漠の中のオアシス、そしてそこには土でできた壮大なお城、アルゲ・バムがある。

バムをでると、そこからは砂漠の道が横たわっている。今までの砂漠と違って、150キロの間町がない本格的な砂漠である。そしてこの砂漠さえ越えれば、イラン出国も現実的なものとなるのだ。

砂漠の中を走る。荒野に奔る一本の道を走る。
スゲースゲー。
 昨日との景色とは別物だ。360度地平線。本当に進んでいるのかなあ。時々横に小さな山が見える。辺りは一面灰色の世界。
 砂の砂漠も通過する。そこでは天然のラクダがぼくを見つめていた。道路に大きな動物の骨が転がっていた。きっとラクダのものだろう。
スゲースゲー。
 自転車をこぎながら、空気の流れ、風の温かさ、そして地球の大きささえも肌で感じる。
 ああ、最高だ。この景色は自分だけのものだ。ぼく一人のものだ。
 ここにくれば誰だって詩人になれるさ。
 前も、右も、左も、後ろも地平線。地球って広いんだなあ。

 そして今日は砂漠の真ん中で眠るのだ。夜になり、小高い丘の砂地にテントを張る。
 ♪月の砂漠を、はーるばるとー♪
 歌いながらうきうきでテントを建てた。今夜は星がきれいだろうなあ。本日はアラビアンナイト貸し切りなり。
 外で飯を炊き、夕食を済ませると寝転がって十分に暗くなった空に目を向けた。
 あれ?じゃない、きれいじゃない。星なんて見えないじゃないか。どうゆうことだよいったい。
〈ヒューーー、バサバサバサ〉
 風が強くなってきた。砂漠の夜は寒いのだ、ちえっ、仕方ないテントに入って寝るか。

〈バリバリバリ、バババ、バサバサバサー〉
 テントに撲りつける砂の音で目を覚ました。すごい風だ。テントごと吹き飛ばされないかな。川に流されて以来、ぼくのテントは弱っていた。でも、もしこの風に耐えられたら、これからもずーっと安心して使えるって事だな。がんばれテント!おまえなら大丈夫だ。
 しかし、傷ついたテントは砂漠の強風にあっさりと完敗したのであった。
〈ババババー、プチン、プチン〉
 テントを支えているペグが抜けた。外に出てまた深く埋めなおす。いててて、砂があたって痛い。なんでこんな目ばっかあうんだよう。
 その後も何度もペグは抜け、その度に外に出てなおす。落ち着いて寝られたもんじゃない。
〈ブチッ、バサバサバサー〉
 午前5時、ついに外張りのフライシートが吹き飛んだ。シートはかろうじて紐一本でテントと繋がっていたので、紐を外してテントの中へと入れる。おかげでテントの仲まで砂が吹きさらしである。
これが、砂嵐だろうか。ぼくは寝袋を頭からかぶり日の出を待った。水に比べたら砂なんてへっちゃらさ。そうだ、これよりもっとひどい目にあってきているのだ。でも、それにしてもひどいなあ・・・
今にもテントが壊れそうなので、陽が上がると同時に出発の準備をする。陽が上がるというか、 空はどんより風はピューピュー、辺りは真っ白何にも見えない。

 幸いにも風は進行方向からみて横風だったが、今まで体験したことのない風の強さだった。道路の上を砂が走っている。横に押されそうになる、顔に当たる砂が痛くて目を大きく開けていられない。砂の霧で50メートル先も見えない、自転車も進まない。
「イラン死ねよ、もう!」
 なんなんだいったい。もう何も起こらないと思ったらこれかい。トルコ東部を走っているとき、あまりにもひどい環境に、その状態がボトムだと思った。イランにくれば状況は良くなると信じていた。でもぜんぜんちがうじゃんか。状況はむしろ悪化しまくってるよ。これから一体何処に行くというのだろう。
 次の町まであと100キロ。今の時速は5キロとでもいうところだろうか。本当に今日着くのかな。

 運がいいことに、3時間ほど進むと、風の向きが変わった。
 運が悪いことに気がつくと自転車のスポークが折れていた。
 ザヘダンにいかなければ駄目か、ザヘダンへ・・・

 夜に何とか目的のノストラ・アバッドという小さな村につく。食堂の気のいい親父が、店の中に泊めてくれた。そして翌日にはイラン最後の都市ザヘダンを目指す事になる。でも、ザヘダンに行くことになるとはな、自転車を治さなければいけないから仕方ないけど。
 ザヘダンには行きたくなかった。「情報ノート」には“人口の70%を麻薬患者が占める町”と恐ろしい脅しだかなんだか分からない文章が載っていた。イラン人からの評判も悪かった。
「あの町はアフガニスタン人やパキスタン人が多くて、誰もが銃を持っているんだ。俺だって行きたくないよあんなとこ。いいか、絶対に行っちゃだめだぞ」
 バムの手前で会った警察官はこう言った。警察官ですら恐れる町。
 とにかく、文句無しにイランの「行ってはいけない町ナンバーワン」に違いなかった。

100キロこいでザヘダンに夕方着く。間違った場所に迷い込んでしまったのか、スラム街のように汚いところだった。道の両脇には町工場があり、子供が裸足で駆け回っていた。誰もがこの異国の者を凝視した。いつもの興味津々に近寄ってくるイラン人とは違い、ただ傍観者となり眺めているだけのどことなく不気味な瞳だった。
 それでも自転車屋を見つけたので、修理を頼んだ。その間ぼくはタイヤを付け替えてしまうことにした。ポルトガルから、もう1万キロ以上も走ってきたタイヤを、日本から持参した1万キロ以上も運んだタイヤに交換だ。ツルツルに擦り減ったタイヤを、ダート用のブロックパターンのタイヤに変える。
 ふと気づくと、今さっきまで使っていた空気入れがなくなっている。
「ねえ、そこにおいてあった空気入れ知らない」
 ぼくは定員に尋ねた。定員はにやにや笑いながら首を振った。つい先程まで足下に置いてあったのだ。しかしいくら周囲を見回してもポンプは見あたらなく、まるで神隠しにでもあったようだ。
「もう修理は終わったよ」
 定員は不気味な微笑みを顔に浮かべながら言った。間違いない、ぼくは直感した。こいつが盗んだのだ。とっさに盗み取れるのはこいつしかいない。
「返してくれよ、あれがないとこの先困るんだ」
 その男は何も答えずに、ただにやにやと笑っていた。
「返せよ、ほら、早く出せよ」
 そう叫ぶと、みるみる人が寄ってきて、ぼくはあっという間に大勢の人に囲まれてしまった。
「この男が、ぼくの物を盗んだんだ」
 そう言っても回りの男たちもただ、薄気味悪い笑いを浮かべているだけだった。
「警察だ、警察を呼んでくれたっていいんだよ」
 気がつくとぼくの自転車バックのチャックを開けている者がいる。まるでホラー映画のゾンビに囲まれた主人公のように、ぼくの周りには不気味なイラン人達が迫ってくる。

「何してるんだ、やめろよ」
 空はもう暗かった。ここは危険な匂いがする。今はもめるべきじゃない。
「こっちへ来い」
 突然群衆の向こうで声がすると、人垣を別けて手が伸びてきて、ぼくを自転車ごと引っ張った。
「ここは、危険だ。向こうへ行こう」
 その自転車にまたがったイラン人に連れられ、ぼくらは群衆を掻き分け、急いで自転車のペダルを踏んだ。心臓がバクバクしていた。
 男に案内され、安宿へ着き荷物を開けると、アーミーナイフと日本製のペンもなくなっていた。  素早いな、やれやれ明日には出国だってのにこれかよ。イランよ最後までこれか。
「やーいイランよ、おまえは何でここまでひどい仕打ちをするんだよ!お次は何ですか、もう何がきたって驚かないかんね」

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