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さらなる試練 (イラン)
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その日一晩、前の日と同じ警察官の家に泊めてもらうと、翌朝からはまた前へと、何もなかったかのようにこぎだした。
 地図もない、走行距離をあらわすサイクルコンピューターもない、他も故障だらけ、靴もなく今もサンダル一丁だ。やっぱりショックでけーなー。
「イランのバーカ!」
 荒野に向かって叫んでみた。少しすっきりした。もう何も悪いことは起こらないだろう。200キロも行けばケルマンという大きな町があるはずだ。そこでいろいろ買えるだろう。地図は大雑把だが頭に入っている。大丈夫だ。
 夜になって建てたテントは、洗濯挟みと警察所でもらった釘を使ってかろうじて建っているという、情けない姿をしていた。ガスコンロの調子が悪いのでホットフードが食えずにジャムパンをかじる。とほほ・・天から地へ真っ逆様に落ちた気分だ。

 ケルマンへと一路走っていると、いつものように道端に止まっていた大型トレーラーから声が掛かった。
「チャイを飲んでいくかい」
「うん、貰うよ」
 そう言ってトラックへ乗り込むと、助手席に座り暖かいお茶をありがたく頂戴する。長距離トラックの運転手は、トルコでもこのイラン必ずといっていいほどポットに入れた紅茶を車に積んでいた。ぼくはよく呼び止められてはお茶を飲ませてもらい、時にはご飯やお菓子までごちそうになった。
「どこまで行くんだい」
 気のよさそうな運転手が聞いてきた。
「パキスタンに向かっているんだ」
「おおパキスタンか。良かったら乗っていくか。もちろん降りたいところで降ろしてあげてもいい」
「これはどこに向かっているの」
「パキスタンのクエッタさ」
「クエッタ!」
 クエッタはパキスタンの砂漠を越えて、最初に着くであろう都市だった。そしてぼくがパキスタンで最初に目指す場所でもあった。
「クエッタならぼくも行くところだよ」
「じゃあ、自転車ごと乗っていけばいい。明日の夜には着くだろうから」
「クエッタに明日着く・・」
 イラン出国まであと700キロ以上はある。そこからクエッタまでは更に600キロ。14、5日かかるだろう。それをなんと明日の夜には着いてしまうと言う。ぼくはこれまでも同じような誘いを受けすべて断ってきた。しかし今は違う、今回はこの車に乗ってもいい理由がある。

 今まで聞いた自転車旅行者の多くが、何らかの理由で車や電車に自転車を乗せていた。でも大抵の場合それには理由があった。砂嵐にあった、危険地帯だった、道がひどかった、砂漠で暑すぎたなど、誰もがまるで自転車を何かに乗せる理由を探しているようだった。
 ぼくは未だかつて、一度も自転車をバスに乗せたことがなかった。何よりも自分自身に負けたくなかったのだ。しかし、しかしぼくには今理由があるじゃないか。ここでこの車に乗ってもいい十分な理由が。川に流された、地図もない、靴もない、たくさんの物が故障、早急に都市で買い物をしなければならない。
 クエッタはパキスタン北西部最大の都市だと聞く。そこに行けばいろいろ買えるじゃないか。
そこに明日には着くという、理由は十分過ぎるほどあるのだ。

そしてぼくは言った。
「ありがとう、でもこれで行くよ。ぼくはこの自転車でいくよ」
 そう、ぼくは負けるわけにはいかないのだ。便利でらくちんで眠っているだけで目的地に着く道、そしてもう一つは辛く長く困難で、しかし自由な道。ぼくはあえて後者を選んだのだ。
「そうか、残念だよ。まあ、がんばれよ」
 ぼくは再び走りだした。東へと、自転車にまたがって。

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